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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)3740号 判決 2000年6月30日

甲事件控訴人・乙事件被控訴人(以下「第一審原告」という。)

X1

X2

X3

X4

X5

X6

X7

X8

X9

X10

X11

X12

X13

X14

X15

X16

右16名訴訟代理人弁護士

飯高輝

高橋典明

豊川義明

右訴訟復代理人弁護士

雪田樹里

乙事件控訴人・甲事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

日本コンベンションサービス株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

松下守男

主文

一  本件各控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

二  第一審被告は,

1  第一審原告X1に対し,金279万3452円及び内金250万9333円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

2  第一審原告X2に対し,金189万5281円及び内金171万2524円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

3  第一審原告X3に対し,金285万0158円及び内金255万8258円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

4  第一審原告X4に対し,金223万5186円及び内金199万5501円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

5  第一審原告X5に対し,金374万4577円及び内金338万8033円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

6  第一審原告X6に対し,金325万8935円及び内金297万7633円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

7  第一審原告X7に対し,金407万6926円及び内金367万2862円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

8  第一審原告X8に対し,金301万2363円及び内金274万3577円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

9  第一審原告X9に対し,金232万9326円及び内金210万8732円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

10  第一審原告X10に対し,金97万7276円及び内金88万4434円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

11  第一審原告X11に対し,金437万5845円及び内金397万0602円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

12  第一審原告X12に対し,金219万9240円及び内金198万2382円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

13  第一審原告X13に対し,金22万5399円及び内金19万9669円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

14  第一審原告X14に対し,金30万6287円及び内金27万2571円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

15  第一審原告X15に対し,金119万7209円及び内金107万9307円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

16  第一審原告X16に対し,金230万5191円及び内金208万0919円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

いずれも年6分の割合による各金員を支払え。

三  第一審原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は,第一,二審を通じこれを2分し,その1を第一審原告らの負担とし,その余を第一審被告の負担とする。

五  この判決は第一審原告ら勝訴部分に限り仮りに執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  第一審原告ら

1  原判決を次のとおり変更する。

2  第一審被告は,

(一) 第一審原告X1(以下「第一審原告X1」という。)に対し,金832万3734円及び内金717万8758円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(二) 第一審原告X2(以下「第一審原告X2」という。)に対し,金571万3309円及び内金505万8158円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(三) 第一審原告X3に対し,金689万6273円及び内金591万4794円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(四) 第一審原告X4(以下「第一審原告X4」という。)に対し,金656万2976円及び内金554万3432円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(五) 第一審原告X5(以下「第一審原告X5」という。)に対し,金564万2181円及び内金489万1222円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(六) 第一審原告X6(以下「第一審原告X6」という。)に対し,金479万5938円及び内金421万0397円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(七) 第一審原告X7(以下「第一審原告X7」という。)に対し,金488万3773円及び内金400万3411円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(八) 第一審原告X8(以下「第一審原告X8」という。)に対し,金496万7517円及び内金433万3100円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(九) 第一審原告X9(以下「第一審原告X9」という。)に対し,金351万0833円及び内金301万9528円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(一〇) 第一審原告X10(以下「第一審原告X10」という。)に対し,金122万9043円及び内金105万4803円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(一一) 第一審原告X11(以下「第一審原告X11」という。)に対し,金607万3651円及び内金527万7883円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(一二) 第一審原告X12(以下「第一審原告X12」という。)に対し,金333万8004円及び内金286万7733円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(一三) 第一審原告X13(以下「第一審原告X13」という。)に対し,金41万2461円及び内金33万3643円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(一四) 第一審原告X14に対し,金45万0909円及び内金36万4106円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(一五) 第一審原告X15(以下「第一審原告X15」という。)に対し,金406万4417円及び内金358万2591円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

(一六) 第一審原告X16(以下「第一審原告X16」という。)に対し,金414万0856円及び内金363万3827円に対する平成3年6月6日から支払済みまで

いずれも年6分の割合による各金員を支払え。

3  訴訟費用は,第一,二審ともに第一審被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  第一審被告

1  原判決中第一審被告の敗訴部分を取り消す。

2  第一審原告らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第一,二審とも第一審原告らの負担とする。

第二事案の概要

一1  本件は,第一審被告を退職した第一審原告らが,その在職期間中,時間外労働に従事したのに一律3万円もしくは4万円の勤務手当が支給されたのみで割増賃金が支払われなかった旨主張し,<1><イ>法定外時間外労働については平成5年改正前の労働基準法37条1項(以下,単に「労働基準法37条1項」という。)に基づき,<ロ>法定内時間外労働については就業規則11条及び給与規程14条に基づき,それぞれ割増賃金の支払いを求めるとともに,<2>法定外時間外労働につき労働基準法114条に基づいて付加金の支払いを求め,かつ,これらに対する訴状送達日の翌日(平成3年6月6日)以降支払済みまで,年6分の割合による金員の支払いを求めた事案である。

2  本件の主たる争点は以下のとおりである。

<1> タイムカードで労働時間を把握できるか。他に代わり得る資料はあるか。

<2> 労働基準監督署に届け出た就業規則につき,事後に労働者への周知性を欠いて無効である旨主張することが許されるか。

<3> 付加金の支払いを命じることが相当でない場合に該当するか。

<4> 第一審被告が割増賃金の請求に対し,時効を援用することは権利の濫用であるか。

<5> 第一審原告X1,同X15,同X2,同X3,同X4,同X5は,本訴請求期間の全部もしくは一部において,労働基準法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」に該当し,割増賃金を請求できない立場にあったか。

<6> 第一審原告らは,事業場外労働に従事し,業務遂行や勤務時間につき自ら決定していたので労働基準法38条の2第1項により,労働時間の算定ができず,時間外労働がないといえるか。

<7> 第一審原告らに支払われた出張日当・会議手当は,時間外労働手当の性格を有するか。

3  原判決は「<1>第一審被告は,時間外手当から定額の勤務手当に代わった後もタイムカードを設置し,これにより勤務時間の管理を厳密に行い,第一審原告らは一部の者を除いてタイムカードへの打刻を継続的に行い,記載内容も労働実態に合致した不自然なものではないので,右タイムカードに基づき第一審原告らの時間外労働を算定できる。一方,タイムカードがない部分,タイムカードに記載のない部分は,時間外労働時間を算定できないので,第一審原告らが従事した時間外労働時間について特段の立証がない限り,タイムカードの記載のみによるべきことになる。<2>第一審被告の就業規則・給与規程によれば,時間外労働に対する賃金の支払いについて,就業規則上,法定内時間外労働か法定外時間外労働かによる区別をしていないので,法定内時間外労働時間についても割増賃金を支払う趣旨であると考えられる。就業規則について従業員の意見聴取や周知の手続きを取るのは,その作成・変更について労働者の意見を述べる機会を与えようとする趣旨であるから,使用者が右手続を経ていないことを理由に,その効力を否定することは許されない。<3>第一審被告が定額の勤務手当に代えたのは従業員間の公平の確保のみならず,人件費の抑制という面もある。第一審被告も従業員の時間外労働が常態化して,定額の勤務手当では労働基準法に違反すると認識し,時間外手当の支給を検討していた点からすると付加金の支払いを命じないとすることはできない。<4><イ>証拠保全の申立は権利の行使そのものでなく,訴訟の準備行為に過ぎない。したがって,権利の存在が公に確認される訳ではないから証拠保全の申立を時効中断事由である「請求」ないし「仮差押,仮処分」に準じたり,「裁判上の催告」としての効力を認めることはできない。<ロ>また,第一審原告らが第一審被告に対し,タイムカードの提示を要求したからといって,第一審被告がこれに応じなければならない訳ではなく,証拠保全の際にタイムカードの検証ができなかったからといって,第一審原告らの権利行使に対する妨害行為となる訳でもない。以上から,第一審被告の消滅時効の援用が権利の濫用に当たるとはいえない。右<イ>,<ロ>によれば,第一審被告の時効の援用により,昭和63年12月分から平成元年4月分までの割増賃金等の請求権は既に時効消滅しているといえる。<5>労働基準法41条2号にいう「監督もしくは管理の地位にある者」とは,労働条件の決定,その他労働を管理する地位にある者のことをさし,右管理監督者に当たるか否かはその名称にかかわらず,実態に即して判断すべきである。第一審原告らは,それぞれの課や支店において責任者の地位にあったものと認められる。しかし,他の従業員と同様の業務に従事し,出退勤の自由もなかったから,経営者と一体的立場にあるとはいえず,割増賃金等が発生しないなどとはいえない。<6>第一審原告らと同様の業務に従事していた契約社員は,タイムカードに基づき時間外手当が支給されていたのであるから,第一審原告らの勤務時間はタイムカードで把握できるし,実際にもタイムカードで勤務時間が管理されていた。仕事量の増大によって,第一審原告らの時間外労働が常態化していた実態に照らすと,第一審原告らがその勤務時間を自ら決定していなかったことは明らかであり,第一審原告らが勤務時間の算定が困難な事業場外労働に従事していたとはいえない。<7>勤務手当と出張日当,会議手当は,それぞれ,その支給の目的,支給条件及び支給対象者を異にしているので,出張日当や会議手当は時間外労働に対する手当としての性格を有するものではない。」などと判断して,第一審被告の争点<2>・<3>,同<5>ないし<7>の主張をいずれも排斥したが,第一審原告らのタイムカード以外の時間外労働時間の算定を認めず,かつ,第一審被告の時効の援用を認めて,第一審原告X1,同X2,同X4及び同X15の請求を棄却し,その余の第一審原告らの請求を一部認容した。

4  <1>第一審原告らは主としてタイムカードに記載がない部分について全面的に割増賃金を否定された点を不服として,<2>一方,第一審被告は原判決が労働基準法上の労働時間とはいえない部分についても割増賃金を認めたとして,いずれも原判決を不服として本件各控訴に及んだ。

二  当審で以下の主張を付加した外,当事者双方の主張は原判決の事実第二記載のとおりであるので,これを引用する。

1  第一審原告らの主張

(一) タイムカードのない部分の時間外労働について

(1) 第一審原告X2,同X3,同X4,同X8は,いずれも時間外労働に従事し,タイムカードを正確に打刻していた。ところが,タイムカードの一部が第一審被告から提出されていない。第一審原告らは,常態として時間外労働を強いられていたのであり,このことはタイムカードのない月においても何ら変わりがなかった。にもかかわらず,タイムカードを保管する第一審被告がこれらを提出しないため,タイムカードが欠けている月の権利行使を妨げられるということは余りにも不当である。同人らの作成したメモに不合理な点がない限り,これらから時間外労働時間が推認されるべきである。仮に,同主張が認められない場合でも,判明している範囲内で,最も時間外労働時間の少ない月で認定されるべきである。

(2)<1> 第一審原告X1,同X15については,日々の労働時間がタイムカードの記載上明白ではないが,常時長時間の時間外労働を行っていたことが明らかである。

<2> 第一審原告X1が,部下であり同一のチームを組む第一審原告X3,同X4,同X16,同X11よりも先に帰宅することなど通常考えられない。したがって,右X3らの時間外労働時間から,その時間外労働時間を推計することは可能であるし,それが不合理であるというのなら,他の第一審原告らの時間外労働時間の2分の1と推認する等して推計することも可能である。

<3> 第一審原告X15は,1988年11月16日から1989年12月15日,1990年5月16日から同年7月15日の間にはタイムカードを記載していたのに第一審被告はこれを提出せず,タイムカードによる立証が閉ざされている。したがって,この点の不利益を同原告に負担させるのは不当であり,同人が作成したメモによる認定,あるいは,他の第一審原告らの時間外労働時間から推計することが許されなくてはならない。

(二) 出張先までの移動時間を労働時間に算入すべきこと

(1) 出張の際の移動時間は出張先の業務に当然付随する職務であるので,これが労働時間に当たることは明らかである。まして,第一審被告では,その業務量の絶対的な多さから,常時長時間の過密労働を余儀なくされていたのであり,出張の際の移動時間といえどものんびりくつろぐことなどできず,打ち合わせや書類の作成,点検等の具体的な仕事を行うことが通例であった。したがって,このような観点からも出張の際の移動時間を労働時間から除外することは不当である。

(2) 第一審被告は,従前(昭和53年ごろまで),タイムカードに基づいて労働時間の計算を行い時間外手当の支給をしていた。現に,平成2年ごろ,時間外手当の支給を検討した際にも,タイムカードを基に労働時間を試算しており,出張の際の移動時間は当然労働時間に含まれるとの前提を取っている。また,原審でも出張の際の移動時間が労働時間から除外されるべきであるなどとは主張していない。加えて,本件当時,時間外手当を支給していた契約社員については,移動時間も労働時間と見做す取り扱いをしていた。これらの背景には,前記のとおり,移動中といえども仕事を行わざるを得ない実態があった。したがって,第一審原告らの出張の際に,その移動時間を労働時間として見做すのは当然である。

(3) なお,第一審被告は,タイムカードに記載された時刻と「出張申請及び報告書」から推知される労働時間の始期・終期が相違しており,タイムカードの記載によって出張時の労働時間を把握することができない旨主張する。

しかし,右「出張申請及び報告書」は出張費用(交通費,日当,宿泊料等)を精算する目的のみから作成されたもので,労働時間を把握する目的で作成されたものではない。したがって,その記載は日当算定に必要な範囲の大まかなものとなっている。しかも,第一審被告の移動時間についての批判は,移動時間を過大に見積もり,憶測の域を超えるものではない。第一審被告は,タイムカードで従業員の労働時間を管理し,その記載も厳正に行われていたから,タイムカードで出張期間中の労働時間を把握し得ることは当然である。

(三) 第一審被告が消滅時効を援用することが権利の濫用に当たることについて

(1) 第一審被告には時間外労働に対し割増賃金を支払う義務がある。タイムカードは時間外労働時間を算出する唯一の資料であり,これを保管していたのは第一審被告であるから,労使間の信義則上の義務として,第一審被告にはタイムカードを提出する義務がある。

(2) 第一審原告らは,第一審被告に対し,証拠保全の申立を行う以前から,タイムカードの写しを,直接もしくは労働基準監督署を介するなどして,提出するよう要求していた。ところが,第一審被告は,右要求をことごとく拒否した。その理由が割増賃金を免れることにあったことは明らかであり,タイムカードを提出しなかったことが,第一審原告らの権利行使に対する妨害行為に当たることはいうまでもない。

(3) したがって,第一審被告がタイムカードの提出を拒否しながら,消滅時効の援用をなすことは右労使間の信義則に反し,権利の濫用として許されない。

2  第一審被告の主張

(一) タイムカードでは労働時間を把握できないこと

第一審被告は,昭和53年ごろから,業務遂行における社員の裁量を認めて,定額の勤務手当をもって時間外手当に代えることにしていた。したがって,タイムカードにより勤務の管理を行う必要がなかった。しかし,その後もタイムカードの打刻を継続していたのは,遅刻チェックの意味でしかなく,打刻された時刻は出社時刻,退社時刻を意味するに過ぎない。後記のとおり,給与規程(<証拠略>)は就業規則として規範的効力を有するものではないから,第一審原告らが割増賃金の請求を行うため立証を要するのは労働基準法上の労働時間のうち,法定労働時間を超える部分である。タイムカードで把握できるのは出退勤時刻に過ぎず,労働基準法上の労働時間を把握することはできない。確かに,第一審被告は契約社員に対し,タイムカードの始業・終業時刻をもとに時間外手当を支払っていた。しかし,これら契約社員についてはタイムカードにより把握できる労働時間を労働契約上の労働時間(所定労働時間)として取り扱っていたということに過ぎず,第一審被告がタイムカードで第一審原告らの労働基準法上の労働時間を管理していた事実はない。タイムカードによって把握される労働時間が労働基準法上の労働時間に該当しないことは,外勤勤務の場合の交通機関による移動時間や,夕食時間についてもタイムカードの時間に含まれていることからも明らかである。

(二) 第一審原告らの業務の大半,特に出張の場合等が労働基準法38条の2に定められた事業場外労働に該当すること

(1) 第一審原告らが,出張・会議運営・面接運営・博覧会常駐や営業,打ち合わせなどの外勤業務に従事していたことは原判決別冊2より明らかである。特に出張日についてはその労働実態を記載した「出張申請及び報告書」から推知される労働時間の始期及び終期と,タイムカードに記載された出・退勤時刻との間に齟齬が認められる。したがって,タイムカードでは労働時間の把握をできないことが明らかである。また,外出の際の黒板への記入や電話連絡が,第一審原告らの外勤中の労働時間を管理するためのものでないことも証拠上明らかである。

(2) そもそも,第一審被告は,前記のとおり,社員に業務遂行上の裁量権を認め,特に,出張日あるいは事業場を離れた営業や打ち合わせの場合などには,労働時間の配分・決定を社員各人に委ね,その労働実態を把握し得ない状況にあった。また,会議の設営・運営や,博覧会常駐業務なども,第一審被告が,これらに従事する者の労働実態を把握し得る状況にはなかった。したがって,いずれも労働基準法38条の2第1項により「所定労働時間労働したものとみなす」場合に該当する。仮に,労働時間の算定ができるとしても,タイムカードが労働基準法上の労働時間の把握に役立たないことは明らかである。したがって,タイムカードで労働時間を算定することは許されない。

(三) 給与規程(<証拠略>)に就業規則としての効力がなく,給与規程に基づく割増賃金の請求が許されないこと

就業規則が労働契約の内容を規律する法的効力を有するためには,使用者が就業規則を作成して,労働者の代表者の意見を聴取し,労働基準監督署長に届出,労働者に対して周知する等の法定の手続(労働基準法90条,106条)を踏まなければならない。

本件で,給与規程を作成提出したのは,労働基準監督署の指導に形式的に適合させることを目的としていた。同給与規程の作成に当たり,第一審被告に事業場の労働条件等を規律する規範を作成する意思はなく,第一審原告ら関西支社の社員にその内容を周知させたこともないから,給与規程(<証拠略>)に就業規則としての法規範性を認めることはできない。

(四) 第一審原告X2,同X3,同X4,同X6及び同X5が,いずれも労働基準法41条2号の「管理監督者」に該当すること

(1) 右「管理監督者」に該当するといえるためには,<1>「経営方針の決定に参画し,あるいは労務管理上の指揮権限を有するなど,その実態から見て経営者と一体的立場にあること」,<2>「出退勤について厳格な規制を受けていないこと」以上の2要件が充たされなければならない。

(2) 右X2らは,いずれもセクションの責任者であり,一次考課者あるいは二次考課者として部下の人事考課を行い,更に,上長として部下の勤務・勤怠に関する届書を承認していた。したがって,採用に関与しているとはいえないにしても,部下の労務管理に関与し,右<1>の要件を充足していたことが明らかである。

(3) たとえ,重役出勤的な自由を有さなくても,自己の裁量で仕事を進め,出退勤について自己管理できる権限を有する者で,所定時刻に遅れて出社したり,所定時刻よりも早く退社したからといって,それが遅刻早退等の勤務成績として昇給・昇格・一時金の査定要素として考慮されない者も,右(1)の<2>の要件を充たすものと解されている。右X2らはいずれも係長補佐以上の役職に就いた後に出退勤の自己管理が認められるようになり,就業規則に定める始業時刻以前に出社したか,就業時刻以後に退社したかを確認するために,タイムカードを打刻する必要がなかったのであり,「出退勤について厳格な規制を受けていなかった」ことが明らかである。

(五) 付加金を命じることが許されないこと

第一審被告が,平成元年ごろから時間外手当の支給を検討し始めたのは,勤務手当制度では上司が部下の時間管理を行わず,長時間労働が蔓延して,社員の健康管理や社員の定着率に問題が生じてきたことに主たる理由がある。時間外手当は労働基準法37条の計算による支給が唯一ではなく,定額手当であっても,同条で定めた計算額を下回らなければ違法ではないものと解され,第一審被告が定額手当を採用したことにも合理的な根拠があるので,付加金の支払いを命じることは相当ではない。

(六) 出張日当・会議手当の性格

(1) 出張日当は,出張に伴う長時間拘束の対価もしくは補償の意味を有し,事業場外労働における時間外手当の性格を有する。

(2) 他方,会議手当は,時間外手当に代わって勤務手当を支給することになったものの,会議設営日や,会議運営日は手持ち時間が多い反面,拘束時間が長くなるため,勤務手当の支給のみでは不十分ではないかという意見が出され,長時間拘束に対する補償として支給されることになったものである。

(3) したがって,仮に,時間外手当の支給が認められるのであれば,既に支払い済みの出張日当・会議手当を当然控除しなければならない。

(七) 消滅時効の援用が権利の濫用とはならないこと

(1) 第一審原告らが主張するタイムカード提出義務の根拠は明確ではない。しかし,労働者の要求があれば,使用者がタイムカードを提出しなければならないなどという法律上の義務が存在しないことは明らかである。

(2) 第一審被告が労働基準監督署から要請を受けたのは,「X11の賃金及び労働時間」に関する事情聴取のための呼び出しが最初であり,第一審被告は,指定日に同署に出頭して事情の説明を行うとともに,タイムカードの写しを提出している。このように第一審被告は労働基準監督署の要請に誠実に対応しており,その要請を拒否した事実はない。

(3) 確かに,右以前に,第一審原告らから,タイムカードの写しを送付してもらいたい旨の文書による請求はあったが,単に出勤状況が知りたいということのみで,時間外手当の請求に必要な資料である旨の説明は全くなかった。そこで,その程度の理由であれば,膨大な労力を費やすに足る合理的理由ではないと,さらに,具体的理由の説明を求めたが,先の回答を超える回答はなかった。

その後,1990年11月8日付通知書(<証拠略>)により時間外割増賃金の支払いを求めてきたことはあるが,第一審原告らが時間外割増賃金に言及したのはこのときが始めてである。

(4) 証拠保全の際に,タイムカードの検証がなされなかったのは,突然,検証が行われ,その際,タイムカードの保管場所を知る社員が不在であったため,その所在が不明であったことによる。したがって,証拠保全の際に,タイムカードの検証ができなかったことをもって,第一審被告の妨害行為とするのは誤りである。

(5) 第一審原告らはタイムカードのない状態で,第一審被告に対し,時間外・休日・深夜の各未払い賃金を金額を特定して請求し,さらには,請求の趣旨を特定して本訴を提起しているので,タイムカードがなかったため,訴えの提起ができなかったとか,タイムカードを提出する信義則上の義務があるなどと主張するのは失当である。

第三当裁判所の判断

一  争いのない事実,第一審原告らの職務内容,第一審被告の関西支社でのタイムカードの管理状況等は原判決の理由一,二に記載されたとおりであるので,これを引用する。

二  第一審原告らの平成元年4月分(同年4月15日までの分)以前の割増賃金請求権が時効消滅していること

1  本訴提起前の第一審原告らと第一審被告間のタイムカードを巡る交渉の経過は以下の通りであったものと認められる。

(一) 第一審原告ら(第一審原告X1,同X15,同X16を除く。)は,第一審被告に対し,平成2年7月28日付書面(<証拠略>)で,退職の月から遡って,2年6ヶ月分のタイムカードを,同年8月10日までに送付するよう要請した。

(二) 第一審被告は,これに対し,「単に出勤状況を知りたいというのみでは記録の存在を確認し,写しを取る等の多大の労力を払う合理的な理由があるとは考えられない。納得できる合理的な理由を示さなければ右要求には応じられない。」旨回答した(<証拠略>)。

(三) 第一審原告ら(第一審原告X1,同X15,同X16を除く。)は,同年9月3日付書面(<証拠略>)で,<1>理由の如何を問わず送付できないのか,あるいは,<2>送付するには条件があるということか,いずれの趣旨か明らかにするよう求めた。

(四) 第一審被告は,これに対し,前記(二)と同様の回答を繰返した(<証拠略>)。

(五) 第一審原告らは,平成2年11月6日到達の書面(<証拠略>)で,時間外及び休日,深夜勤務について給与規程に基づき,<1>第一審原告X1につき500万円,<2>同X2につき200万円,<3>同X3につき680万2000円,<4>同X5につき250万円,<5>同X6につき302万5000円,<6>同X7につき200万円,<7>同X8につき301万5000円,<8>同X9につき250万円,<9>同X10につき150万円,<10>同X11につき700万円,<11>同X12につき200万円,<12>同X13につき25万円,<13>同X14につき27万5000円,<14>同X15につき200万円,<15>同X16につき450万円の各支払いを請求するとともに,重ねて,タイムカードの提出を要請した。

(六) 第一審原告ら(第一審原告X1,同X16を除く。)は,平成3年2月7日,大阪地方裁判所から同人らのタイムカードに関する証拠保全決定を得て,同月8日,大阪地方裁判所が検証を実施したが,第一審被告は担当者の所在不明等を理由にこれに応じなかった(<証拠略>,弁論の全趣旨。)。

(七) 第一審被告は,平成3年4月10日,天満労働基準監督署から,第一審原告X11の賃金及び労働時間について,事情を聞きたいとの呼出しを受け,同原告関係のタイムカードその他の書類を持参して説明を行った(<証拠略>,弁論の全趣旨。)。

(八) 第一審原告らは,平成3年5月16日,本件訴訟を大阪地方裁判所に提起した。

2(一)  以上によれば,第一審被告は,第一審原告らからのタイムカードの提示要求等に対して非協力的な態度をとった事実が認められる。(証拠略)によれば,右以前に第一審被告内部で時間外手当支給の検討がなされていた事実が認められるから,第一審被告において,第一審原告らがタイムカードを要求する意図を推知できなかったとは考え難い。

後記のとおり,本件において,労働時間を正確に把握できる資料は,タイムカードに限られ,しかも,労働基準法37条は使用者に割増賃金の支払いを命じ,同法108条では使用者に対し賃金台帳の調整を命じ,賃金計算の根拠を明らかにするよう要請している。これらの点を考慮すると,第一審被告がタイムカードの提示を拒んだことは使用者としての義務に違反し,かつ,第一審原告らの訴提起を困難にする目的があったものと評価することができる。

(二)  しかし,第一審原告らは,前記のとおり,訴訟外で割増賃金の請求(催告)を行い,6ヶ月を僅かに過ぎた時点で,本訴提起に至っている。これらの事実や,取り敢えず労働時間を推計することも可能であったと考えられる点等総合すると,時効中断のために,より早い時期に訴を提起すること等も不可能ではなかったものと認められる。また,そもそも対立当事者に対し,訴の提起に積極的に協力するよう期待することには無理なところがある。そうすると,第一審被告の妨害行為によって,第一審原告らが時効中断を行うことが事実上不可能になったとはいえない。さらに,割増賃金等に時効消滅を認めること(労働基準法115条)は,使用者が労働基準法に反してこれらを支払わないことが前提になっており,第一審被告がこれらを支払わず労働基準法に違反したということのみで,時効の援用が許されないということにはならない。したがって,第一審被告が時効の援用をすることが,信義則に反し,権利の濫用に当たるとはいえない。

(三)  第一審原告らのなした証拠保全の申立が,民法147条1号の「請求」や,同2号の「仮差押または仮処分」に該当しないことは原判決78頁6行目から80頁5行目に記載のとおりであり,本訴提起以前に時効の中断がなされていない以上,その余の点を判断するまでもなく,第一審原告らの平成元年4月分(同年4月15日までの分)以前の割増賃金は,いずれも時効により消滅している。そうすると,同部分についての請求は,その余の点を判断するまでもなく理由がない。

三  給与規程(<証拠略>)が就業規則として効力を有すること

1(一)  第一審被告の事業本部副部長のBは,原審証人尋問及び陳述書(<証拠略>)において,「給与規程(<証拠略>)は,昭和60年7月,大阪支社(現関西支社)が天満労働基準監督署より,就業規則が未届である旨是正勧告を受けた際,従前,本社で作成していた就業規則とともに提出したものである。当時,既に,時間外手当を定額の勤務手当で支給していたが,その実情を無視して,法的な形式を整える目的のみから,市販の実例集を参考に作成・提出したと聞いている。届出に当たり,大阪支社の従業員の意見を聴取したことも,給与規程を大阪支社の社員に周知したこともないと聞いている。役職手当については実情に合わせているが,時間外手当の部分は実情にあっていない。当時は,労務を担当者(ママ)していなかったので,正確なところは分からないが,東京の方ではこのような給与規程は出していないと思う。当時としては,勤務手当制度が一般的でなかったため,存在しない給与規程を至急作成する必要に迫られたものの,第一審被告には実情に沿った給与規程を至急作成できる能力がなかったため,市販の事例集を見て,形式だけという意識で届け出を行った。(証拠略)の給与規程は給与に関する経理担当者の内規として会社の賃金の実情に即して作成されたものであり,新しく入社する社員に対してはこの内容で説明していた。」旨供述する。

(二)  また,昭和60年当時,第一審被告の専務取締役であったCは陳述書(<証拠略>)で,「関西支社では,昭和60年に天満労働基準監督署から調査を受け,就業規則等の届出がされていなかったため是正勧告を受けた。総合開発部長であったDが,本社の就業規則を届け出たが,本社では必要のなかった給与規程の提出も求められたため,現に適用していた給与規程(<証拠略>)ではなく,市販の書式を参考に作成して提出したようである。届け出た給与規程は実際の給与制度とは相違する内容であった。D部長は労働基準監督署の是正勧告に対応するためだけに,実態と異なる給与規程を作成して届け出たのであり,その内容を関西支社の社員に説明したことも,給与規程を従業員に回覧したこともない。」旨陳述する。

2  しかし,従業員就業規則(<証拠略>)(以下「本件就業規則」という。)には以下の規定がある。

(一) 時間外勤務(第11条)

(1) 業務の都合により所定時間外に勤務させることがある。

中略

(4) 時間外勤務に対する賃金は給与規程14条に定める。

(5) 時間外勤務は会社と従業員代表との間で協定した時間の範囲内とする。

(二) 休日勤務(第14条)

(1) 業務上必要がある場合には,休日に勤務を命じることがある。

(2) 前項の休日勤務は所轄労働基準監督署長に届け出た従業員代表との休日勤務協定範囲内とし,別に定める給与規程の第14条により賃金を支払うものとする。ただし,災害その他避けられない事由により臨時の必要がある場合は,休日勤務させることができる。

以下略。

3  右2でみたとおり,第一審被告は本件就業規則において,時間外勤務,休日勤務に関する賃金は別途給与規程14条で定める旨明記している。そして,給与規程(<証拠略>)(以下,同給与規程を「本件給与規程」という。)には以下の規定が設けられている。

(割増手当)(第14条)

(一) 就業規則第11条及び第14条に定める割増手当は,<1>残業手当,<2>休日手当,<3>深夜手当の3種類とする。計算式は次のとおりとする。

(1) 残業手当=基本給÷145×1.25×時間数

(2) 休日手当=基本給÷145×1.25×時間数

(3) 深夜手当=基本給÷145×0.25×時間数

(二) 所定の勤務時間勤務し,更に深夜に及んだ場合の割増率は5割とする。

4(一)  本件給与規程が本件就業規則に対応する型で作成され,その一部をなすものであることは,右規定の内容や,双方が一括して天満労働基準監督署長に提出されていることからも明らかである。

一方,Bが現実に運用されていた給与規程である旨供述する(証拠略)は,本件就業規則に明らかに対応せず,本件就業規則の一部をなす給与規程であるとは認められない。

そうすると,本件給与規程は本件就業規則と一体をなし,その内容をなすものとして,後述のように法的効力を有するものと解され,現実の取り扱いがこれとは異なるものであったとしても,その後,本件就業規則・本件給与規程が有効に変更されたものとは認められない以上,右効力を否定することはできない。

(二)  ところで,労働基準法は,使用者に対し,労働時間・賃金・退職に関する事項について,就業規則でこれを定め,行政官庁(労働基準監督署長)に届け出るよう命じている(平成10年改正前89条1項,罰則120条。)。使用者は,就業規則を作成・変更する際,事業場の労働者の過半数を組織する労働組合があるときは労働者の過半数を代表する者の意見を聞かなければならず(90条,罰則120条),その内容を労働者に周知させなければならない(106条,罰則120条)。そして,就業規則の基準に達しない労働契約は当該部分を無効とし,無効となった部分は就業規則で定める基準によるものとしている(93条)。

(三)  就業規則は労働契約の具体的な内容をなすものであり,本来,使用者が独自に作成(変更)すべきものである。しかし,その内容に一定の規制をしなければ,労働基準法が定める基準に達しない労働契約が締結されたり,労働条件の一方的な切り下げが行われる危険があるので,労働基準法は,就業規則を労働基準監督署長に提出するよう命じて,その内容を規制するとともに労働者の過半数を代表する者の意見を聞くよう要請しているものと解される。

(四)  右のとおり,就業規則は使用者である第一審被告が,本来,単独で制定できるものであり,第一審被告は労働基準監督署長に対して,本件就業規則及び本件給与規程を有効なものとして提出したことが明らかであるから,就業規則として有効なものと考えられる。そもそも,労働基準法が労働基準監督署長に就業規則の届け出を罰則を設けてまで義務づけている趣旨から考えても,第一審被告において,本件就業規則及び本件給与規程を提出し,これを下回る内容の労働契約を行わない旨誓約しながら,本件給与規程が実体を反映せずに無効であるとか,労働者への周知を欠いて無効であるなどと主張することは許されない。

5  したがって,本件就業規則及び本件給与規程は法的効力を有するものと解されるので,第一審原告らは本件給与規程に基づき,第一審被告に割増賃金の請求をなすことができる。

四  タイムカードにより割増賃金算定の基礎となる労働時間の算出がなされるべきこと

1  本件就業規則11条は,前記のとおり「所定時間外に勤務させることがある。時間外勤務に対する賃金は給与規程14条に定める。」旨規定している。

(一) 右規定及び第一審被告での従前の取り扱い等に照らすと,右就業規則11条及び給与規程14条は,後述のとおり,第一審被告がタイムカードで把握した労働時間を前提に,所定時間(本件就業規則8条で定められた勤務時間)を超える部分を労働基準法37条の定めと同内容の割増賃金支払い対象と予定し,その全てが厳密な意味での労働基準法上の労働時間であることまで要求していないものと解すべきである。

(二) なお,第一審原告らの本訴請求は,タイムカードで把握される労働時間を前提に,所定時間を超えて8時間までの部分を法定内超勤,これを超える部分を法定外超勤と各扱い,本件給与規定及び労働基準法37条に基づき割増賃金の請求をしている。しかし,右(一)のとおり,本件給与規定の内容は,労働基準法37条と同内容であり,また,本件において,労働基準法上の労働時間のみを厳密に区別することは困難である。そうすると,本訴請求の趣旨は,法定内超勤部分については本件給与規定に基づき,これを超える部分は労働基準法37条に基づき請求する趣旨であると解され,本件給与規程の内容が労働基準法37条と同様のものである以上,両者を区別する実益は全くない。したがって,以下では,所定時間を超えて8時間までの部分と,それを超える部分の区別として,法定内時間外労働と法定外時間外労働の言葉を使用するが,後記のとおり,必ずしも,労働基準法でいう法定内外の時間外労働と同義ではない。

2(一)  ところで,第一審被告は,割増賃金の基礎となるべき労働時間は労働基準法上の労働時間に限定される旨主張する。

(二)  確かに,労働基準法37条1項が割増賃金の支払いを命じているのは,それが労働基準法上の労働時間【労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間(最判平成12年3月9日)】に該当することを前提として,法定労働時間を超える部分,深夜,休日労働に該当する部分についてである。

(三)  しかし,労働基準法の定めは最低限度の労働条件として,これを下回る労働契約を締結してはならないという定めに過ぎず,また,右労働基準法上の労働時間を把握することは必ずしも容易ではないから,使用者において,これとは異なる労働時間の把握方法を定め,これを基準に割増賃金を算定することも,これによって算定される金額が労働基準法が定めるものを上回るものであればむしろ法の趣旨に適い望ましいことである。

(四)(1)  前記のとおり,本件就業規則11条は所定時間を超えて業務を命じた場合,右労働時間に対して割増賃金を支払う旨定めている。

(2) ところで,昭和60年に関西支社長として同支社に赴任し,平成2年6月まで,第一審原告らの労働時間を管理する立場にあったEは,原審証人尋問において,「私が赴任した当時,関西支社では前支社長に対する不満から同支社長を吊るし上げるなど職場が乱れていた。私は関西支社の立て直しのために同支社に派遣された。同支社の立て直しのため,適材適所の人事配置と,各社員の労働時間を把握するうえでタイムカードの管理を厳格に行う必要があると考え,打刻もれ等があっても,自分勝手に訂正をすることがないよう各部署の責任者にタイムカードの管理をさせるようにした。そして,打刻もれ等の場合には,その理由等を所属長に提出させ,所属長の承認を得て,さらに,総務がこれを承認した場合のみに総務の方でこれを記入する扱いにした。関西支社の仕事はグループを組むことが多く,担当者間で至急連絡を取る必要が生じることもあるので,出張その他の場合においても,その居所を明らかにして,私の方で把握するようにしていた。また,50坪程度の部屋に,関西支社に所属する京都・名古屋の者を除く,ほぼ全員の社員が詰めていたので,なるべく一番最後まで残って,社員の勤務状況を把握するよう努めていた。当時,関西支社では5年弱の間に,業績を約3.3倍にまで延(ママ)ばしたこともあり,仕事量が異常に多く,残業が避けがたい状況にあった。会議が多くなる10,11月ごろと4月ごろには特に繁忙となり,時間外勤務が1カ月100時間に達する者も生じた。期日間近に顧客の要望が増えて,これに応じるために突貫工事となったり,多忙な顧客に合わせて夜間しか打ち合わせの時間が取れないことなどが時間外勤務の原因であった。第一審原告らが残業していることはほぼ毎日見て承知しているし,時間外勤務であることを分かりながら,これを強いている状況にあった。タイムカードの記載が実際の労働時間よりも短いということはあっても,勤務時間が水増しされていることなどは絶対にないと思う。時間外手当を定額の手当に代えた後も,本社でタイムカードを集計して,社員の労働時間を調査し,昇給・昇格の資料にしていたし,契約社員の時間外手当算定の資料ともなっていた。私達,銀行から派遣された役員は,残業が蔓延し,かつ,定額の勤務手当しか支払われない状況が問題であると考えていたので,時間外手当の支給を検討したが,社長等,他の役員の了解が得られず,私の在任中は実施に至らなかった。」旨供述する。

(3)<1> 右Eは,現在,第一審原告らが所属する会社の代表者であり,しかも,事実上第一審被告から追われる型で,その役員を退任した者でもあるので,第一審原告らに有利な供述を行ってもおかしくない立場にあり,その供述内容の信用性の判断は慎重に行われなければならない。

<2> しかし,第一審被告が時間外勤務の実体等を調査した資料(<証拠略>,1990年1月12日付)にも「時間外勤務が顕著に見られるのは会議関係及び関西支社で,これは会議関係等の業務の特性,特に繁忙期の時間外勤務が極めて多いことによる。このほか博覧会関係もこの範疇に入る。繁忙期には時間外労働時間が80時間,多い者では100時間にも及ぶ。」等の記述がある。右記述によれば,当時,第一審被告において,関西支社での時間外労働の常態化が問題である旨認識して,時間外手当の予算化等が検討されていた事実や,博覧会関係の事業場外労働についても労働時間の把握が可能であるとの前提を採っていた事実が認められる。

<3> また,特別朝礼における発言録(<証拠略>,1990年2月5日付)にも,右検討結果を受けて,時間外手当を支給する予定である旨の記述がある。

<4> さらに,(証拠略)(昭和61年6月1日付)によると,第一審被告において,事実上,時間外手当を定額の勤務手当に変更した後も「<イ>タイムカードの打刻忘れについて届け出を行わない場合には欠勤扱いとする。<ロ>直行直帰の場合,直行届がない場合には欠勤。直帰届がない場合には早退。」とそれぞれ扱うことにより,第一審被告がタイムカードによって,社員の労働時間を厳正に管理しようとしていた事実が認められる。

<5> 前記Eの証言内容は,右<2>ないし<4>の事実に沿うものであり,また,その証言内容も具体的かつ詳細なものであるから,<1>で述べた点等を考慮しても,なお,充分に信用できるものであると考えられる。

<6> もっとも,前記Cは陳述書(<証拠略>)で,「タイムカードに打刻させていたのは,賞与の際に減額要素となる欠勤や遅刻を把握するためであり,社員の勤務時間を把握することにあったのではない。それまでタイムカードを打刻させていたので,そのまま継続していたに過ぎない。1988年(昭和63年)に新たなタイムレコーダーに切り替えたが,オンラインを使い,本社にその結果を送信等した事実はない。新型のタイムレコーダーに変(ママ)えたのは,契約社員の勤務時間数,時間外勤務の集計ができ,省力化に繋がると考えたことにある。関西支社には契約社員が4名しかいないのに,その勤務時間の把握のためだけに電話回線を利用して,本社とオンラインを結ぶことなど考えられない。契約社員については,給与の計算のために関西支社で集計表を作成していたが,一般社員については,時間計算による時間外手当を支払っていなかったことから,関西支社で時間外勤務を集計することは勿論,関西支社から本社に一般社員の労働時間の集計表や,その裏付けとなるタイムカードが毎月送付されてくるといったことはなかった。」旨陳述する。

しかし,一般社員についてタイムカードで勤務時間の管理を行っていなかったというのは不自然であり,容易に信用できない。

第一審被告は,前記(証拠略)からも明らかなとおり,定額の勤務手当に変更された後も,タイムカードの打刻や,直行・直帰の届け出を励行し,社員の勤務状況を把握しようと努めている。また,社員の勤務状況は人事上の重要な客観資料であるので,Eが述べるように,これを昇給・昇格の資料として重視する方がむしろ自然である。現に,第一審被告が関西支社の超過勤務状況を把握し,その予算措置等を考慮していたことは,(証拠略)より明らかである(証人Bも,同号証がタイムカードを基に算出されていると思う旨供述している。)。また,数少ない契約社員の勤務時間数を把握する便宜のみから,新型のタイムレコーダーを導入するというのも不自然である。そうすると,前記Eの証言の方が合理的で信用ができ,「タイムカードで一般社員の勤務時間を管理した事実はない。」旨のCの前記陳述書中の陳述は,容易に信用できない。

<7> 証人Bも原審証人尋問において,「タイムカードの記載は正確ではなく,遅刻と早退,欠勤をチェックする意味しかなく,出勤簿代わりの役割しか果たしていなかった。直行・直帰の場合や,出張の場合に,どの時刻を記載するか,特に基準は決められていなかった。出社した後に,パンを食べたり雑談をする社員もいるなど,タイムカードは業務の開始と終了を正確に反映するものではない。」旨供述【陳述書(<証拠略>)を含む。】する。しかし,第一審原告X1は陳述書(<証拠略>)で,「証人Bが,関西支社に頻繁に来ていたのは,前記Eが赴任する以前のことに過ぎない。当時支社長であったX12が会議専門で,翻訳関係の知識がなかったことから,本社の翻訳部長として,これを補充するためであった。Eが関西支社長となった後には来なくなった。」旨陳述する。Eが関西支社に赴任した経緯や,同人とBとの当時の会社内での地位・立場等を考慮すれば,Eが関西支社に派遣された後も,Bが同支社に頻繁に出入りしていたとは考え難く,右陳述書の内容は合理的で信用できる。(証拠略)等から,本件当時,関西支社では,超過勤務が常態化していた事実が認められることから考えても,右Bの証言はEが赴任する以前の,秩序の乱れていた関西支社の状況を反映するものであるとはいえても,Eが赴任した後の関西支社の様子を認識した上のものであるとは認め難い。そして,社員にタイムカードを打刻させていた意味についての証言が信用できないことは前記Cの陳述書に対する検討の項で述べたとおりである。

<8> 一方,証人F及び同Gは,その原審証人尋問における証言【陳述書(<証拠略>)を含む。】で,「E支社長は連日遅くまで会社に居残る社員を高く評価する傾向があったため,関西支社全体に早く帰りづらい雰囲気があった。そのため,急ぎの仕事がなくても居残り,夕食を出前で注文しながら時間をかけて残業する風潮があった。第一審原告らは,あらゆる場面でE支社長に気を遣って不必要な場合も遅くまで居残っていた。また,平成2年6月11日新会社の設立を発表した後,自分達の新しい仕事の準備ばかりをしていた。」旨供述する。しかし,同証人らの供述には,Eから重用されなかったことについての反発も窺われるし,これらの供述からも,第一審原告らが残業していたのは,上司であるEの承認のもと,会社の業務を行うためであったものと認められる。したがって,前記Eの供述を否定する根拠とはならない。

(4)<1> 前記Eの供述等によれば,第一審原告らが,時間外,夜間,休日の各勤務を行っていたのは,関西支社の最高責任者であるEの承認のもと,同支社の業績拡大に伴う業務の急激な増大に伴い,やむを得ず行われたもので,その明示あるいは黙示の業務命令によるものであると認められる。そうすると,本件就業規則11条が定めた所定時間を超えて業務を命じた場合に該当するものと認められる。

<2> そして,第一審被告は,昭和53年に定額の勤務手当制度を採用するまで,タイムカードで社員の労働時間を管理し,これを基に労働時間の計算をして給与の支払いを行い,定額の勤務手当が導入された後も,契約社員に対しては同様の扱いを続けていた事実が認められる(<証拠略>及び弁論の全趣旨。)。

<3> その際,出張や外勤の場合等を除外していた事実は認められず,厳密な意味では労働基準法上の労働時間といえない部分についても,仕事の準備等があって,自由時間とはいえない点などを考慮して,これらを含めて賃金算定の基礎とする取り扱い(慣行)が行われていたものと認められる。しかも,右扱いは,勤務手当採用後も契約社員に対する関係では,そのまま継続されていた(<証拠略>及び弁論の全趣旨。)。また,一般社員についても,タイムカードによる勤務時間の把握が継続されていたことは既にみたとおりである。

<4> 第一審被告が現実には定額の勤務手当制度を採用していたとしても,既述のとおり,本件就業規則(本件給与規程を含む。)が法的効力を有するものである以上,これに反する取り扱いは何ら効力を有するものではないから,本件就業規則の解釈も従前の取り扱い(慣行)を前提に行われなければならない。したがって,本件就業規則にいう労働時間とは,タイムカードで把握される労働時間を前提にしているものと認められる。そうすると,右労働時間が厳密に労働基準法上の労働時間を充たさなければならないことを前提にした第一審被告の主張はいずれも理由がない。そもそもタイムカードに記載され,事後にも,その訂正等を求めていない以上,労働時間を管理する立場の第一審被告が,これを労働時間として承認したものと解すべきである。したがって,出張の際の移動時間であることや,事業場外労働であることなどが,本件給与規程における労働時間性を否定する根拠とはならない。

<5> なお,第一審被告は出張等の場合にタイムカードの打刻の仕方が一律ではなく不正確である旨主張する。しかし,前記のとおり,労働時間を掌握する責任は使用者側にあり,一旦,その労働時間性を承認して,タイムカードへの打刻等を認め,訂正等を求めていない以上,仮に,その取り扱いが不合理で,従前の扱いでは業務に含まれないというのであれば,その点の立証は第一審被告がなすべきである。しかし,右立証がなされているとは到底いえない。また,一部形式的に不備なものが認められるとしても,これにより直ちにタイムカードの信用性が損なわれるとはいえない。

(五)  以上のとおり,タイムカードで把握される労働時間は,本件給与規程上の労働時間と見なされるべきである。

そして,タイムカードに始業時刻あるいは終業時刻の記載がない場合,平日については労働していないことの反証がなされていない以上,所定時間労働したものと推認すべきであるが,休日については時間外労働時間を認定できないこと等は,原判決63頁8行目から65頁3行目に記載されたとおりである。

右タイムカードから把握できる第一審原告らの時間外労働時間を集計すると,その一部を別紙1<略>(別冊3訂正表)記載のとおり訂正するほか,原判決別冊3の1ないし16記載のとおりであるのでこれを引用する(前記のとおり,タイムカードへの記載は移動時間を含めた労働者からの労働時間の申請,使用者による承認の意味もあるので,直行・直帰等の場合などにも,タイムカード上の記載を前提として労働時間の開始・終了を把握すべきである。また,消滅時効によって消滅している部分についても,後記労働時間の不明な部分を推計する便宜上,引用の対象に含めた。)。

(六)  第一審原告らが請求している期間を整理すれば,原判決別紙4<略>の1ないし16に記載されたとおりであるので,これを引用する【ただし,原判決別紙4の5ないし12,同16を,いずれも別紙4の5ないし12,同16記載のとおり訂正する。】。

なお,第一審原告X1,同X2,同X3,同X4,同X8,同X15については以下のとおり,タイムカードが存在しないか,その記載が欠けているため,同原告らの主張しているところや,従前の労働状況とは全く異なったものとなっている。

(1) 第一審原告X1については,1990年1月分,3月分,6月分,7月分のみしかタイムカードが存在せず,しかも,本訴請求の全期間でタイムカードの記載を免除され,タイムカードが存在する部分についてもほとんど記載がないので,タイムカードで把握可能な時間外勤務の状況は原判決別紙4の1のとおりである。

(2) 第一審原告X2についても,タイムカードの記載が免除された1989年4月分以降,1990年6月分までのタイムカードが存在しない。したがって,原判決別紙4の2のとおり,これらの部分と他の部分では時間外労働に格段の差が生じている。

(3) 第一審原告X3についても,タイムカードへの記載が免除された1989年4月分以降12月分までのタイムカードが存在せず,1990年1月分についても記載のない部分が多い。したがって,原判決別紙4の3のとおり,前同様の格差が生じている。

(4) 第一審原告X4についても,タイムカードへの記載を免除された1989年4月分以降,タイムカードが存在しないか,その記載がほとんどなされていない。したがって,原判決別紙4の4のとおり,前同様の格差を生じている。

(5) 第一審原告X8についても,1990年6月分,7月分について,タイムカードが存在せず,原判決別紙4の6のとおり,前同様の格差を生じている。

(6) 第一審原告X15についても,1990年1月分から5月分のタイムカードしか存在せず,しかも,本訴請求の全期間でタイムカードの記載を免除され,タイムカードが存在する部分についてもほとんど記載がなされていないため,原判決別紙4の15のとおりである。

五  第一審原告らが労働基準法41条2号の「監督若しくは管理の地位に当たる者」として割増賃金支給の対象から除外されるべきではないこと

1  第一審原告X1,同X2,同X3,同X4,同X5,同X15(以下,これらの者をまとめて「第一審原告X1ら」という。)は,それぞれ本訴請求期間中,参事,係長,係長補佐の地位にあった者と認められる。

2(一)  ところで,社員構成表(<証拠略>,昭和60年7月12日付。)上,参事・係長・係長補佐の職種は,いずれもマネージャー職と位置づけられ,第一審原告X1らは右マネージャー職に位置する。

(二)  本件給与規程(<証拠略>)で,役職手当を支給する代り,割増賃金を支給しない扱いになっているのは,次長,室次長以上の者,即ち,ディレクター職以上の地位の者らであり,第一審被告はマネージャー職以下の地位の者らに対して割増賃金支給の必要があるとの認識でいたものと認められる。また,割増賃金支給についての検討資料(<証拠略>)でも,同様の前提で検討がなされていたものと認められる。

(三)(1)  確かに,第一審原告X1らはいずれもセクションの責任者として,第1次,第2次考課者として部下の人事考課を行い,上長として部下の勤務・勤怠に関する届出を承認するなど労務管理の末端を担い,出退勤に当たって,タイムカードを打刻する必要がないとの扱いを受けていた事実が認められる(弁論の全趣旨)。

(2) しかし,第一審原告X1らの業務内容は,いずれも他の従業員らと変わるところがなく,タイムカードの打刻が免除されていたとはいえ,関西支社の業務量の増大に伴い残業を余儀なくされていたので,出退勤の自由があったとは認められない。また,第一審原告らが担当していた業務の内容・性格に照らすと,時間配分等が個人の裁量に任されていたとは考えられない(証人Eの証言等。)。

(3) そうすると,第一審原告X1らが労働時間について自由裁量権を有していたとは認められない。また,第一審原告X1らが労務管理に関わっていたとはいえ,部下からの勤怠の届出に承認を与えたり,考課の際に意見を述べるという程度のもので,それ以上の決定権を与えられていた訳ではない。したがって,第一審原告X1らが経営者と一体的な立場で重要な職務と責任を負担していたとはいえない。

3  したがって,第一審原告X1らが,労働基準法41条2号の「監督もしくは管理の地位にある者」に該当するとして,割増賃金の支払いを免れることはできない。

六  前記四2(六)でみたタイムカードへの記載がない部分等についても,割増賃金を全面的に否定することが相当ではないこと

1  第一審被告がタイムカードで従業員の労働時間を管理し,これを労働時間と扱っていたことは前認定のとおりである。第一審原告らが従事する業務には,移動時間等,労働基準法上の労働時間とするには疑問のある部分も含まれている。したがって,タイムカードへの記載を認めるということは,前記のとおり,使用者として,その労働時間性を承認する意味もあるので,仮にタイムカード以外の資料で労働時間を立証して割増賃金の請求を行おうとするのであれば,それが本件就業規則で労働時間と認められたものと同様のものであることを証明しなければならない。

2  しかし,第一審原告X1らが記載した手帳のメモや,その勤務状況についての本人もしくは他の第一審原告らの供述,あるいは,報告書の記述等は必ずしも正確であるとはいえない。また,客観性にも欠ける面があるので,これらをタイムカードの記載と同列に扱い,これらから右労働時間の証明がなされているものと扱うことはできない。その具体的理由は原判決65頁8行目から同72頁8行目に記載されたとおりである(ただし,原判決66頁9行目の「<証拠略>」を「<証拠略>」と改める。)ので,これを引用する。

3(一)  反面,関西支社で時間外労働が常態化していたことは,第一審被告の内部資料(<証拠略>)や,証人Eの証言などから明らかである。他の者と同一の業務に従事し,チームを組んで仕事を行うことも多いのに,上長の立場にあった第一審原告X1,同X15らのみが時間外業務を行わないとか,第一審原告X2,同X3,同X8,同X4についても,タイムカードが提出されている部分では時間外業務が常態化しているのに,タイムカードが提出されていない部分や,その記載が免除されている部分では,これがなされていないなどとは考えられず,いずれについても,正確な労働時間の把握は困難であるものの相当程度時間外労働がなされていたことが明らかである。

(二)  しかも,タイムカードを管理し,かつ,第一審原告X1らにタイムカードを打刻しなくてもよいとの扱いにしたのは第一審被告である。にもかかわらず,時間外労働がなされたことが確実であるのにタイムカードがなく,その正確な時間を把握できないという理由のみから,全面的に割増賃金を否定するのは不公平である。

なお,関西支社ではEの突然の解任をきっかけとして,第一審原告らが一斉に退職して混乱を生じ,行方の分からなくなった書類があること(弁論の全趣旨),さらには,タイムカードの欠けている部分が一部である点等に照らすと,これらのみを故意に提出しないということは通常考えられないから,第一審被告が証明妨害目的でこれらの提出を拒んでいるとはいえず,何らかの原因で紛失したものと認められるが,右紛失の責任を第一審被告のみに帰することはできない。

(三)  ところで,時間外労働時間は変動するものであり,個人差もあるから,その推計は容易ではない。しかし,第一審原告X1及び同X15が,同人らが主張している労働時間(原判決別冊1参照。)の2分の1の時間外労働にも従事していないなどということは,原判決別紙4(訂正部分を含む。)に現れた他の第一審原告らの労働状況に照らしても考えられない。また,第一審原告X2,同X3,同X8,同X4についても,タイムカードが存在し,かつ,タイムカードを打刻していた当時の状況などと対比すると,その主張している労働時間(原判決別冊1参照。)の2分の1の時間外労働にも従事していなかったとは考えがたい。

(四)  以上に基づき,右の者らの前記四2(六)の期間の労働時間について,これらの者が主張するそれぞれの期間の時間外労働時間(原判決別冊1参照。)の2分の1について労働したものと推計し(なお,推計の性格上,1時間に満たない部分は切り捨てる。),1989年5月分以降の第一審原告らの時間外労働時間数を整理し直すと別紙2<略>の1ないし16記載のとおりとなる。同別表からも明らかと(ママ)おり,右推計部分は,他の者,あるいは,タイムカードの打刻が行われていた部分との対比から明らかなとおり,極めて控えめになっているので,実労働時間がこれらの部分を下回ることは考えられない。

七  出張日当及び会議手当を控除すべきではないこと

その理由は以下に付加する外,原判決85頁9行目から87頁3行目(理由七4)記載のとおりであるから,これを引用する。

(一)  出張日当について

(1) 第一審被告の就務に関する各種規程集(<証拠略>)によれば,出張日当は宿泊を伴う場合が原則であるが,日帰りの場合でも片道100キロメートル以上で出張時間が8時間以上の場合には半日当を,10時間以上の場合には全日当を支給していた事実が認められる。しかも,海外出張の場合には国内出張の場合に比べて,2倍を超える日当が支払われることになっている。また,時間外労働等の規制の対象外の取締役部長等をも支給の対象としている。

(2) 右(1)の事実によれば,出張日当は労働時間という観点よりもむしろ遠方に赴くことを重視しているといえるから,時間外労働に対する割増賃金の性格を持つとするには疑問がある。したがって,これを割増賃金から控除の対象とすべきではない。

(3) 第一審被告は出張日当が出張に伴う長時間拘束の対価もしくは補償の意味を有する旨主張し,Cは陳述書(<証拠略>)でこれに沿う陳述をする。しかし,前記(1)でみたとおり,出張日当は時間よりもむしろ距離等を重視して決められているので,時間外労働に対する割増賃金とみることには疑問がある。

(二)  会議手当について

(1) (証拠略)によれば,国際会議,学会等の会議運営を行った場合,会議期間の前日から会議終了日まで会議手当を支給する旨規定し,取締役以下の者に対して,それぞれの地位に応じて支払うものとされている。

(2) 右によると,会議手当支給の要件として,会議の時間等は要件となっておらず,また,会議が長時間に及ぶ場合が多いとしても,割増賃金の対象とはならない取締役等も支給の対象に含まれている。そうすると,これらが支給されるのは会議運営の困難さ等を考慮してのものと解され,時間外労働に対する割増賃金の性格を持つと考えるには疑問がある。したがって,会議手当についても割増賃金からの控除の対象とはならず,右に反するCの陳述書(<証拠略>)の陳述は容易に信用できない。

八  付加金の支払いを免除すべきではないこと

1  労働基準法114条の付加金の支払いは,使用者が労働基準法37条の規定に違反していることを前提としており,付加金の対象となるのは労働基準法上の労働時間に限られる。

2  ところが,タイムカードで把握される労働時間は,前記のとおり,必ずしも労働基準法上の労働時間とは限られない。そして,本件の場合,これを厳密に区別することは不可能である。

3  しかし,原判決76頁4行目から77頁9行目(理由五2(三))記載のとおりの事実が認められるから,確実に労働基準法上の労働時間を充たしていると認められる部分には付加金を認めるべきである。そして,移動時間等を考慮しても,労働基準法上の労働時間に対応する部分が,法定外時間外労働(8時間を超える部分,休日,深夜労働という意味。)の半分を下回るなどとは到底考えられない。したがって,右部分について付加金を認めるべきである。

4  なお,付加金の対象となるのは,第一審原告らが第一審被告に対し,裁判上の請求をした時点から2年以内のものであり,第一審被告に訴状が送達され裁判上の請求が行われたのは平成3年6月5日であるので,右時点から支払期が2年内の,1989年5月16日分以降分のみが付加金の対象となる。

なお,付加金の対象となるべき労働時間は推計によるから,1時間に満たない部分は切り捨てる。

九  まとめ

1  そこで,以上を前提に第一審原告らが請求できる割増賃金及び付加金の額を計算すると別紙3記載のとおりとなり,これらから,右対象期間に第一審原告らが受領した勤務手当(原判決別紙3の「合計B」欄)を控除すると,別紙3<120~121頁>「割増賃金・付加金合計額」欄(太枠部分<太字部分>)記載のとおりとなる。

2  そうすると,第一審原告らの請求は主文の限度で認められるべきであり,本件各控訴はそれぞれ一部理由があるので,原判決を一部変更して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井筒宏成 裁判官 古川正孝 裁判官 和田真)

別紙3 計算書

<省略>

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